アオゾラホワイト
  



テキサスで翻訳をしながら主夫をしている元地質学者のブログ。
by tomo-hyo
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28/02/07 祖国とは国語
今日は時間があったので、友達に借りていた藤原正彦著「祖国とは国語」の本を読んだ。


その中に日本の教育についての話があった。
『小学校では1に国語、2に国語、3,4が国語で5が算数』というアイデアがあった。
作者は数学の教授であるのにこんなこというのには理由があった。

それは省いて自分も思ったことも述べてみる。

カナダに来て思ったんだけど、こっちの人は日本人に比べて本、もしくは新聞を良く読んでいると思う。マンガは日本が誇る日本文化だと思うけど、北米だとそれはやっぱり少し薄く、活字を読むケースが多い。活字を読むことで、それを頭の中で処理することが出来る。
そして義務教育+高校教育での国語の勉強の方針。
たとえば、日本では教科書が選定されているためにそれを使わざるをえない。
でも、国語(日本語)の授業ってなんなんだろうと思った時に、教科書で与えられた部分のみを読んでそれについて内容読解をするだけでは日本語を勉強したことにはなっていないと思う。
日本の歴史は長く、言語もそれと共に発達、進歩してきた。
いくら小説を一部読んでも、それで日本語を理解したとはいえない。そして、そのときの登場人物の気持ちを読み取るのは、個人差があるのではないか。
自分は中学高校と国語の授業は苦手だった。それはやっぱり物語や、その内容の読み取りが自分の読み取りと、求められた答えと違うからだったのかもしれないと昔から思っていた。もちろんいまでも。
言語は数学と違い、1か0かしかない勉強ではない。それを判断するのはその言葉を使っている人で、それを読み取った人じゃないかと思う。
小学校時代での、詩を読んでその感想を述べるといったような国語の勉強方法が懐かしい。
日本の学校での日本語教育にも、エッセイ形式を用いるべきだと思う。
小学校時代は嫌いだったけれど、今始めて読書感想文の重要さが身にしみる。

実際に自分が経験した教育方法ではないけれど、英語圏で多いのは恩を読んでその中の登場人物のとった行動の理由を議論したり、その人物の性格などを読み取るということがよくおこなわれる。いうならば文学の世界。
その教育方法をもちいてほしいとおもう。


この本の作者が文部科学大臣になったらいいのに。
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by tomo-hyo | 2007-02-28 23:52 | 日常
26/02/07
今日から授業。
朝やけが綺麗だったので写真撮ったよ。

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やっぱり日本から帰るとこっちは寒い。。。
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by tomo-hyo | 2007-02-26 18:08 | 日常